イーゲルヒュッテ
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イーゲル

  • Author:イーゲル
  • 699円。タイ生まれ。
    瞳は少年、ところによりおっさん。
    すっとこどっこいな文章und日常の切り売り。
    魚の皮、海老の尻尾を好んで食べます。
    リンクはフリーにござい。

    よく出てくる人たち(一部人外)
    相方(夫)、Y氏undH氏(息子)、不踊木偶〈オドラデク〉(不可視舞弄具ペット)。
ごにょごにょ

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2010/06/06//Sun.
Haelfte des Lebens Fr.Hoelderlin

Mit gelben Birnen haenget
Und voll mit wilden Rosen
Das Land in den See,
Ihr holden Schwaene,
Und trunken von Kuessen
Tunkt ihr das Haupt
Ins heilignuechterne Wasser.

Weh mir,wo nehm ich,wenn
Es Winter ist,die Blumen,und wo
Den Sonnenschein,
Und Schatten der Erde?
Die Mauern stehn
Sprachlos und kalt,im Winde
Kirren die Fahnen.

迷訳してみましたよ……追記でどうぞ。

続ク...
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2009/12/16//Wed.
三重の馬鹿(ジョン・ダン『対訳ジョン・ダン詩集』より )

僕は二重の馬鹿である。
まず、恋をする馬鹿、次に、すすり泣く
 歌でそれを物語る馬鹿。
でも、女が嫌だと言わなければ、賢者だって
僕のようになるだろう。
そこで僕は考えた。大地の腹の細く曲がった
水脈が、海の水から辛い塩を浄化するように、
 歌の苦しみを通して濾せば、
僕の恋の悩みも薄めることができるはずだと、
韻律に従わせれば、悲しみも楽になるだろう、
歌に閉じ込めれば、おとなしくなるだろうと。

 そこでそうしてみたが、
技と声とを見せたい連中が、譜をつけて、
 僕の悩みを歌ったのだ。
そうして、多くの人を楽しませ、歌の檻から
 再び悲しみを解放した。
恋と悲しみにこそ、歌は捧げられるべきもの、
だが、読んで楽しい歌では逆効果。それでは、
 恋も悲しみも倍加するのだ。
かくして、恋と悲しみの勝利が広く知れ渡り、
二重の馬鹿であった僕は、三重の馬鹿となる。
小利口な奴こそ、まさに大馬鹿者なのである。

続ク...

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2008/06/05//Thu.
遍歴(和歌(うた)でない歌)中島敦

ある時はヘーゲルが如(ごと)万有をわが体系に統べんともせし
ある時はアミエルが如つゝましく息をひそめて生きんと思ひし
ある時は若きジイドと諸共に生命に充ちて野をさまよひぬ
ある時はヘルデルリンと翼(はね)並べギリシャの空を天翔りけり
ある時はフィリップのごと小さき町に小さき人々を愛せむと思ふ
ある時はラムボーと共にアラビヤの熱き砂漠に果てなむ心
ある時はゴッホならねど人の耳を喰ひてちぎりて狂はんとせし
ある時は淵明が如疑はずかの天命を信ぜんとせし
ある時は観念(イデア)の中に永遠を見んと願ひぬプラトンのごと
ある時はノヴァーリスのごと石に花に奇しき秘文を読まむとぞせし
ある時は人を厭ふと石の上に黙もあらまし達磨の如く
ある時は李白の如く酔ひ酔ひて歌ひて世をば終らむと思ふ
ある時は王維をまねび寂として幽篁の裏(うち)にひとりあらなむ
ある時はスウィフトと共にこの地球(ほし)のYahoo共をば憎みさげすむ
ある時はヴェルレエヌの如雨の夜の巷に飲みて涙せりけり
ある時は阮籍がごと白眼に人を睨みて琴を弾ぜむ
ある時はフロイドに行きもろ人の怪しき心理(こころ)をさぐらむとする
ある時はゴーガンの如逞ましき野生(なま)のいのちに触ればやと思ふ
ある時はバイロンが如人の世の掟踏躙り呵々と笑はむ
ある時はワイルドが如深き淵に堕ちて嘆きて懺悔せむ心
ある時はヴィヨンの如く殺め盗み寂しく立ちて風に吹かれなむ
ある時はボードレエルがダンディズム昂然として道行く心
ある時はアナクレオンとピロンのみ語るに足ると思ひたりけり
ある時はパスカルの如心いため弱き蘆をば讃(ほ)め憐れみき
ある時はカサノヴァのごとをみな子の肌をさびしく尋(と)め行く心
ある時は老子のごとくこれこの世の玄のまた玄空しと見つる
ある時はゲエテ仰ぎて吐息しぬ亭々としてあまりに高し
ある時は夕べの鳥と飛び行きて雲のはたてに消えなむ心
ある時はストアの如くわが意志を鍛へんとこそ奮ひ立ちしか
ある時は其角の如く夜の街に小傾城などなぶらん心
ある時は人麿のごと玉藻なすよりにし妹をめぐしと思ふ
ある時はバッハの如く安らけくたゞ芸術に向かはむ心
ある時はティチアンのごと百年(ももとせ)の豊けきいのち生きなむ心
ある時はクライストの如われとわが生命を燃して果てなむ心
ある時は眼・耳・心みな閉じて冬蛇のごと眠らむ心
ある時はバルザックの如コーヒーを飲みて猛然と書きたき心
ある時は巣父の如く俗説を聞きてし耳を洗はむ心
ある時は西行がごと家をすて道を求めてさすらはむ心
ある時は年老い耳も聾(し)ひにけるベートーベンを聞きて泣きけり
ある時は心咎めつゝ我の中のイエスを逐ひぬピラトの如く
ある時はアウグスティンが灼熱の意慾にふれて焼かれむとしき
ある時はパオロに降りし神の声我にもがもとひたに祈りき
ある時は安逸の中ゆ仰ぎ見るカントの「善」の厳(いつ)くしかりし
ある時は整然として澄みとほるスピノザに来て眼をみはりしか
ある時はヴァレリイ流に使いたる悟性の鋭(と)き刃身をきずつけし
ある時はモツァルトのごと苦しみゆ明るき芸術(もの)を生まばやと思ふ
ある時は聡明と愛と諦観をアナトオル・フランスに学ばんとせし
ある時はスティブンソンが美しき夢に分け入り酔ひしれしこと
ある時はドォデェと共にプロヴァンスの丘の日向に微睡(まどろ)みにけり
ある時は大雅堂を見て陶然と身も世も忘れ立ちつくしけり
ある時は山賊多きコルシカの山をメリメとへめぐる心地

続ク...

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2007/09/12//Wed.
青い花 (Heinrich von Ofterdingen) ノヴァーリス

「でもお父さん、どんなわけ夢がそんなに気に入らないのですか。
夢の不思議に変化する姿や、軽やかでやさしい性質は、ぼくらのものの考え方を
いきいきしたものにしてくれるにちがいないのに。どんなに支離滅裂なものでも、
夢はみな、神の摂理とまで考えないにしても、格別な現象ではないでしょうか。
ぼくらの心のなかに無数の襞をなして垂れている神秘の帳に開いた意味深い裂け目
ではないでしょうか。
どんな思慮に富んだ書物にも、信じるにたる人たちの見た夢の物語が数え切れない
ほど載っているじゃありませんか。(中略)
夢は、決まりきった日常的な生に抗する防壁というか、縛められていた空想が
解き放たれて元気を回復するところだと思うんです。
夢のなかでは、空想が人生のあらゆる光景をごちゃごちゃに投げこんで、大人の終始変わらぬ
きまじめさを喜々とした子供の遊びで中断するのです。
もし夢がなかったら、ぼくらはきっともっと早くに年老いてしまうでしょう。
だから、夢は、天から直に授けられたものではないとしても、聖墳墓をめざす
巡礼の親しい道連れにと、神が持たせてくれた餞(はなむけ)だとみても
いいのではないでしょうか。
ぼくがゆうべ見た夢は、けっしてぼくの人生になんの影響もおよぼさない
ただの偶然ではありません。なにしろあの夢は、まるで大きな歯車みたいに
ぼくの心に食い込んで、勢いよくはずみをつけてぐいぐい駆り立てているって、
ぼくは感じるのですから。」
(ちくま文庫ノヴァーリス作品集2『青い花』
第一部第一章22頁~24頁1行目)

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2007/08/06//Mon.
アナベル・リー (エドガー・アラン・ポー)

幾年も幾年も前のこと
 海の浜辺の王国に
乙女がひとり暮らしていた、そのひとの名は
 アナベル・リー――
そしてこの乙女、その思いはほかになくて
 ただひたすら、ぼくを愛し、ぼくに愛されることだった。

この海辺の王国で、ぼくと彼女は
 子供のように、子供のままに生きていた
愛することも、ただの愛ではなかった――
 愛を超えて愛しあった――ぼくとアナベル・リーの
その愛は、しまいに天国にいる天使たちに
 羨まれ、憎まれてしまったのだった。

そしてこれが理由となって、ある夜
 遠いむかし、その海辺の王国に
寒い夜風が吹きつのり
 ぼくのアナベル・リーを凍えさせた。
そして高い生まれの彼女の親戚たちが
 とつぜん現れて彼女を、ぼくから引き裂き連れ去った
そして閉じこめてしまった
 海辺の王国の大きな墓所に。

天使たちは天国にいてさえぼくたちほど幸せでなかったから
 彼女とぼくとを羨んだのだ――
そうだとも!それこそが理由だ
 それはこの海辺の国の人みんなの知ること
ある夜、雲から風が吹きおりて
 凍えさせ、殺してしまった、ぼくのアナベル・リーを。

しかしぼくらの愛、それはとても強いのだ
 ぼくらよりも年上の人たちの愛よりも
 ぼくらより賢い人たちの愛よりも強いのだ――
だから天上の天使たちだろうと
 海の底の悪魔たちだろうと
裂くことはできない、ぼくの魂とあの美しい
 アナベル・リーの魂を――

なぜなら、月の光の差すごとにぼくは
 美しいアナベル・リーを夢見るからだ
星々のあがるごとに美しいアナベル・リーの
 輝く瞳を見るからだ――
だから夜ごとぼくは愛するアナベル・リーの傍に横たわるのだ
おゝ、いとしいひと――我が命で花嫁であるひとの
 海の岸辺の王国の墓所に――
 ひびきをたてて波の寄せくる彼女の墓所に。

(岩波文庫『対訳ポー詩集アメリカ詩人選(1)』加島祥造訳)

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2007/06/29//Fri.
歌のうた アンナ・アフマートヴァ

はじめはひやっと凍らせる
寒い風のように
それから胸でこぼれ落ちる
一滴の塩っぽい涙のように

意地悪な心も不憫になって
何かしら やがて哀しくなってくる
けれどもこの淡い哀しみを
心は忘れない

私は蒔くときだけ 集めにくるのは
別のひと それは仕方のないこと!
よろこび群がる刈手を
祝福してください 神よ!

またもっと欠ける所なく
あなたに感謝できるように
世の人々に贈らせてください
愛よりも朽ちないものを

続ク...

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2007/05/26//Sat.
失はれた美酒 ポオル・ヴァレリィ

一と日われ海を旅して
(いづこの空の下なりけん、今は覚えず)
美酒を少し海へ流しぬ
「虚無」にする供物の為に。

おお酒よ、誰が汝(な)が消失を欲したる?
或るはわれ易占に従ひたるか?
或るはまた酒流しつつ血を思ふ
わが胸の秘密の為にせしなるか?

つかのまは薔薇いろの煙たちしが
たちまちに常の如すきとほり
清げにも海はのこりぬ……

この酒を空しと云うや? ……波は酔ひたり!
われは見き潮風のうちにさかまく
いと深きものの姿を!

続ク...

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2007/05/10//Thu.
見るために生まれ〔塔守リュンコイスの歌〕 ゲーテ

見るために生まれ
見るを勤めとし
塔の守りをしておれば
この世はまことにおもしろい。
遠くを眺め
近くを見
星を見 月を見
森を見 鹿を見る。
すると万物のうちに
永遠の飾りが見え
すべてがおれの気に入るごとく
おれ自身またおれの気に入る。
さいわいなる両の眼よ
おまえが見てきたものは
それが何にせよ
じつに美しくあった!

続ク...

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