イーゲルヒュッテ
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イーゲル

  • Author:イーゲル
  • 699円。タイ生まれ。
    瞳は少年、ところによりおっさん。
    すっとこどっこいな文章und日常の切り売り。
    魚の皮、海老の尻尾を好んで食べます。
    リンクはフリーにござい。

    よく出てくる人たち(一部人外)
    相方(夫)、Y氏undH氏(息子)、不踊木偶〈オドラデク〉(不可視舞弄具ペット)。
ごにょごにょ

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2006/08/04//Fri.
続鰐Ⅲ(文豪に謝れッ企画)

『続鰐Ⅲ』です。前回と前々回分はこちらからどうぞ。
続鰐Ⅰ
続鰐Ⅱ

国外へ出張するチモフェイ老人は当てにならない、か。
それにしても良い服を着ていた。
洒落た、まるでどこかへ遊びへ出かけるかのような恰好
――いやそんな筈はないだろう。
我が国の外貨獲得の観光資源調査のためにルーレテンブルクへ出張、
しかも自分の休日を犠牲にしてわざわざ赴いてくれるとは
実に有り難い話ではないか。
そのような上司を持てたことを僕は誇りに感じる。
ドイツへ仕事で赴くチモフェイ老人に比べれば鰐腹なんて。
その鰐は近郊のアーケード街にいるのだし、呑み込まれた理由も
情けないじゃないか。忙しいチモフェイ老の手を煩わせようと
考えた僕達が馬鹿だったのだ。
ここは彼の手を借りず、僕とイワンの二人でどうにかしよう。

イワンにこのことを報告しようとアーケードへ戻ったが、
大勢の人がカルルヘンを囲んでいるため、イワンと話をできる
ような感じではない。
まあいい、人気が少なくなる時間帯にまた来ればいいのだし。
そう思って自宅へ一旦帰ろうと引き返してアーケードの人の
流れと逆に歩き出すと、向こう側から見知った顔がやって来た。
イワンの妻エレーナその人、右隣には背の高い男性が並んで
歩いている。カーキ色の軍服に身を包み、襟には星の徽章が付いて
いる。見るからに武骨そうな印象だ。
声をかけようか、いや次の伴侶候補との逢瀬を邪魔してエレーナに
つねられるのが落ちだ。そうでなくても男の方にあらぬ誤解を
与えてやり合うことになったら確実に僕が負けるのはわかりきって
いる。
口の先に出かかった彼女の名前を飲み込み、遠巻きに
彼女達の様子を窺った。
「…ねーえ、こんな沢山の人たちがいるんですもの、いつ間近で
見られるかわからないわ。それに、鰐なんて気持ち悪いだけよ。
人を飲み込んだんでしょう?おお、怖い。
……やっぱり帰りましょうよ。」
猫撫で声を発しながら大袈裟に交差させた腕を寒がりのように
さする真似をした。
「ははは、心配いらないさ。頑丈そうな檻に囲まれているし、
万が一のときは懐にあるこの銃で一発ズドン。
それで済む話じゃないか。
――にしても、本当に鰐の中に人がいるとはね。信じられないよ。
新聞社の人間が苦し紛れに作った架空の人物だと思っていたが、
間違いだったようだ。「事実は小説より奇なり」とはまさに
このことだね、うん。
あ、そうそう新聞のコラムによれば鰐腹のイワンは妻帯者
らしいね。いずれ妻と親友の三人で楽園のようなあの中に
住みたいって書いてあった……」
「嫌よ!!絶対に嫌!死んでも――」
「おいおい、どうしたんだい、急に?何だか自分のことのように
怒ってないかい?」
「え、あー、その……もし私が彼の妻だったら嫌だなあって
思ったのよ。ごめんなさい、いきなり大声出して。
はしたない真似をしちゃったわね。ああ、思い出したら
恥ずかしくなってきたわ……ごめんなさい、…私、気晴らしに
他の動物を見に行ってもいいかしら。こんな真っ赤な顔を
貴方に見られるなんて嫌ですもの。」
「気にすることなどないと思うが…。わかったよ、僕はここに
いるから、飽きたら戻って来るんだよ。」
男の承諾の声を聞くや、エレーナは頬にぺたぺたと手を当て、
火照りを冷ますような動作を幾度となく繰り返しながら、
僕のいる方へ歩み寄ってきた。

鰐の人垣から離れ、同じアーケード内にある鸚鵡の檻のそばへ
やって来た僕達。人気がカルルヘンに集中しているため、
鸚鵡を眺めている人間は殆んどいない。
そういう僕等も鸚鵡を見たいからここに来た訳ではなかったのだが。
伴侶候補からだいぶ離れたこの場所に来てエレーナは
大きな溜め息をもらした。
「…鰐腹が楽園の訳ないでしょう。若干の余裕があっても
住みたかないわよ。あんな所で楽園の住人、アダムとイブに
なれっていうの?いずれ消化されるのがオチだわ。
私にとって、あそこはユートピアというよりディストピアよ。
セミョーン、貴方はどうなのよ?」
「僕だってごめんだよ。イワンに勧められても住みたくなんか
ないさ。
今日の君のお連れさんは鰐腹の楽園にいたく興味がある
ようじゃないか…」
「それを言わないでよ。次の伴侶が見つかったと思ったのに、
あんなふうじゃイワンの二の舞になりそうね。
――ああ、頭痛い。考えるのが面倒になってきたわ。
いっそのことカルルヘンが死んじゃえばいいのに。鉄砲で撃たれ
たりとか病気にかかったりとか…」
そう簡単にはいかないだろう、夫が、イワンが死んでしまったら
どうするんだい、と聞いてみた。義理で。とうの昔に彼に対する
愛情が彼女に残されていないのを知っている。
「その時はその時よ。それが彼の運命。この鰐腹出張と同じでね。
私は彼と縁を切って残りの人生を他の誰かと楽しく暮らしたい、
それだけよ。」
女の不誠実さと潔さ。エレーナは事も無げに言ってみせた。
「そうかい。……そろそろ向こうへ行った方が良いんじゃない
のかい?待っているだろうし。」
「ううん、いいのよ。帰るわ、私。…なんか冷めちゃったし。
イワンがあれじゃ正式に離婚出来そうもないけど、戦役で名誉の
死を遂げた夫を持つ若後家にでも扮して新しい良い人でも
探すわよ。」
では御機嫌よう、と別れの言葉を口にして、エレーナは
元気な足どりでアーケードの出口へと歩いて行った。
彼女と別れてから改めて鸚鵡をじっくり眺めた。
鮮やかな朱色の羽根と鋭く曲がった嘴。
止まり木にとまって、時折羽根をつくろいながら
ごちゃごちゃ言っている。

たわりしち、すぱしーば、ぐーてんもるげん…
グーテンモルゲン?ああ、興行主がドイツ人だからか。
何度も繰り返されるから僕の方が調教されている気になってきた。

だんけしぇーん、びってしぇーん…
ありがとう、どういたしまして…餌やりの客へのお礼用言葉かな。
どうせ暇だから何か言葉を教えよう。誰も見ていないし。

トロッツデスレーゲンスハプトイアウンターリヒト!
(Trotz des Regens habt ihr Unterricht!)
長いから無理かもしれないな。
それなら、ルンゲウントレーバー(Lunge und Leber)、
これにしよう。しっかり覚えるんだぞ。
ルンゲウントレーバー、ルンゲウントレーバー……
「肺臓と肝臓?何を言っているんだね、君は――あ、」
カルルヘンの飼い主であるドイツ人興行主が口を挟んだ。
出会った頃よりずっと良い身なりをしている。
イワンの騒動でさぞや儲かったに違いない。
彼は相好崩して馴れ馴れしげな口調でこう言った。
「いやあ、一時はロシアで鰐興行なんて無理かと思ったが、
カルルヘンに人気が出たお陰で、この鸚鵡にも美味い餌を
やることが出来るようになったよ。鰐腹のイワンさまさまだね。」
そういえば、前に比べて動物達が肥ってきたような気がする。
カルルヘンは興行主だけでなくここに居る動物達をも養って
いるらしい。
イワンが去ってタダの鰐に戻ることになったら――今の様子では
考えられないが――どうなってしまうのだろう。
少し前の、寂れたアーケード街にいた弱りきった動物達の様子を
思い出した。
僕はイワンがあそこから出るのが一番いいことだ、とずっと信じて
いたが、そうでもないようだ。
何よりイワン自身カルルヘンの中を楽園と言っているのだし、
彼が飽きるまで好きなようにさせておこう。

とりあえず、チモフェイ老人に代筆の許可を得た訳だから、
今日のうち必要書類を書いて、明日にでも提出しなくては。
イワンには後で言っておくことにして、鸚鵡の檻の前から
立ち去った。






エレーナの性格がこんな風になったのはジョン・ダンの詩の
せいです。

トロッツデスレーゲンスハプトイアウンターリヒト!
(Trotz des Regens habt ihr Unterricht!
あんた達雨が降っても授業はあるのよ!)
TV番組ドイツ語会話「ピポの大冒険」にあった例文です。

NHK新ドイツ語入門―Mit Pipo Deutsch lernen!
相澤 啓一
日本放送出版協会 (2006/01)


ルンゲウントレーバー(Lunge und Leber)。
肺臓と肝臓。『白雪姫』殺害の証拠として継母が持ち帰るように
命じたもの。

本歌取り企画(二次創作) | trackback(0) | comment(0) |

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