イーゲルヒュッテ
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イーゲル

  • Author:イーゲル
  • 699円。タイ生まれ。
    瞳は少年、ところによりおっさん。
    すっとこどっこいな文章und日常の切り売り。
    魚の皮、海老の尻尾を好んで食べます。
    リンクはフリーにござい。

    よく出てくる人たち(一部人外)
    相方(夫)、Y氏undH氏(息子)、不踊木偶〈オドラデク〉(不可視舞弄具ペット)。
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2007/10/04//Thu.
にちにち

ダーウィンってすげーな、オイ!
『悪魔に仕える牧師』を読んでそう思いました。
歴史的にはまだ人類最古の化石が発見されていない中、人類の
起源をアフリカにあると考えついたその想像力。
地道な研究の賜物なのでしょうか。
(褒むべきは著者ドーキンスじゃないのかって?まあ、そこはそれ……。)

FC2のプラグインに「お友達機能」とやらが付きましたが、何だか
「お友達」という言葉がどうも引っ掛かって――
ある日勝手にテンプレにプラグインされていたので即刻削除してしまい
ました。
本日「あし@」というサービスを利用し始めました。
他社のブログサービスのブロガーの足跡が見られる、自分の足跡も
残せるシロモノです。
FC2以外のブログサービスの方に足跡を残せるのは良いことかも、と
おぼろげに思ったのです。
素敵なブログでコメントしたいけれど、ちょっと気恥ずかしいなんて
場合足跡を残せたら、もしかしたら辿ってくれるかも、そんな淡い
期待も多分にあります。
しかしここでも「お友達申請機能」が――
別に友達という括りを作らなくてもいいんじゃない?
お友達にならないとコメントを書き込みにくいから?
むしろ、「マイミク疲れ」のような事態になるんじゃ?

どうなんでしょうそこらへん?

10月4日追加
お友達という括りがあろうとなかろうと頻繁に訪れて下さっている方は
少なからず自分に関心を抱いて下さっている稀有な方、お友達のような
ものだと思いたいというのは駄目……スか?

未分類という名の日常 | trackback(0) | comment(17) |

comment

2007/10/04 20:07

昨日にひきつづき投稿、失礼。

ダーウィンはすごいやつ。
ゆーが読んでる本は恥ずかしながら未読だけど、そのうち読む。
ぷろみす。
ダーウィンは、インテリかついちおう、海の男。外に出ないナチュラリストというものは考えられないでしょ。
ナチュラルヒストリーって好きだから、いろいろ読みあさっているけど、氏は避けてとおれない。いま現在の目で見ると、いろいろ氏の学説にも性格にも、当時の社会的背景にも問題はあるけれども、ひろい視野で見るとやっぱりすごいやつ。
そのかわり、キリスト教、とりわけファンダメンタリスト(原理主義者)の間では蛇蝎のように嫌われております。やっぱり聖書と合わないよね、進化論は。
ゆーのファンが読まれている本の著者セーガン、彼もそういうファンダメンタリストの考えをなんとか質そうとしているサイエンティストのひとり。
つまり、欧米圏では、ふたつの科学があると考えたほうがいいんだよ。
ふつうのサイエンティストによる理論のまっとうな(なんだそれ)の科学と、キリスト教ファンダメンタリストたちによる聖書とバッティングしない都合のいい、いいとこどり的科学のふたつ。
平和ボケして、宗教なんてしらんわてな日本にいると見えにくいのですが、欧米のただいまのファンダメンタリストの躍進はなかなかのものです。冗談ではなく、信仰という呪縛はいまも生きています。他方に目を向けると、中東がそうですね。『悪魔の詩』の邦訳者が謎の死をとげるという事件がありましたが、ご記憶でしょうか。(殺人まではいかないけど、ほかの国の『悪魔の詩』の出版にも影がつきまとうのです......)
話を戻そう。
でね、セーガンとかこころあるサイエンティストはこの状況に我慢がならない。自分たちのやっていることがクレイジーとされるからでもあるけど、信仰がもとで道を踏み外し方々も少なくないようで、それを憂いているから、オカルトとか疑似科学を攻撃する本を彼らは書く。でも、最終的にはキリスト教というすんげーラスボスをたおしたいんだよ。
彼らサイエンティストを日本の大槻へんへーとかと学会みたいなものと思ったあなた、きみ校庭10周だ。欧米の合理精神はオタクのおしゃべりよりディープかつ過激だぜ。だから、日本人向きではなくて紹介されないのかも。それでもいいけどね、英語を勉強するから。

つれづれなるままに書いてしまった。
退屈でもないんだが、ゆーのダンナは寝てしまうであろう。わっはっは。
ところで、スパイラルライフのdvd観ますか。帰省したときにでもお貸しします。石田小吉が若いよん。
でも、限定生産ですんげープレミアがついているので、どうぞ大切にしてね。

ucc@ちょっくら復活 | [ edit ]

2007/10/04 20:20

あし@は凄いネェ~!こんなに積極的なシステムは、初めてだ!

でも、想念の強いイーゲルsanはそんなのに頼んなくても

呼んじゃうから怖いわ~!

ぷりゅす | [ edit ]

2007/10/05 00:13

uccくん
ダーウィンは凄いですな。彼自身が著した著作物はまだ未読で、
『悪魔に仕える牧師』でその断片を垣間見ただけですが。

欧米圏の科学の考え方の根幹は「神がこの世界をいかにして創り給うたか」を知るためというのが大前提だと思っていたのですが、聖書原理主義だとそういった考えとは相容れないだろうし。
科学と信仰、源流は同じだったはずなのにまるで違う解釈になるのはなぜなのかがこれまた不思議です。

スパイラルライフかあ。しばらく帰省できそうにないのですよ。

ぷりゅすさん
あし@は便利ッちゃ便利ですが、まだ使いこなせませんね。
>想念の強い
そんなに強くないですよ。

イーゲル | [ edit ]

2007/10/05 12:52

信仰と科学の向かった先がことなること、宿題にさせてね。
いろいろ読んでみます。
そういう疑問は当然だし、自分も関心がある。
哲学が書簡をとおして発展していった経緯もあるし、こうしてやりとりすると刺激をうけることがあるね。
イーゲル様、ありがとう。
(大仰ですみません)

さいきん知りましたが、欧米にかぎらず、文学が科学からうけた影響はすくなくない。自明のようですが、ゲーテと光学(つづめると、レンズの働きのこととかな)の関係など。いま現在に文学をやるなら、理系の知識もないとまずい。
たとえば乱歩、きみの好きなホフマン。「砂男」は光学の知識がないとろくなものは書けないし、まずホフマンのネタ元がわからない。
たいへんなことだけど、やりがいはあるでしょ。
以前にこのblogで見たんだけど、ジョイスもまた同時代の科学(理論物理学)の影響を受けている。それを知らない日本の教授先生がごろごろいるというから、すばらしい。
話を総合すると、これらの作家はSF の雛形を書いたのだから、それを論じるならね、ということなのよ。荒俣宏さんの言葉を借りると「理系」の文学なのだから。

dvdは逃げていかないけど、そういう事情ならお家に送ったほうがよろしい? 2枚組ということもあって、落ちついて観ていただきたいしね。
次のコメントにアドレス載せときます。

ucc | [ edit ]

2007/10/05 12:58

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| [ edit ]

2007/10/05 22:30

uccくん

信仰と科学が本来兄弟のような関係にあるということをゼミの先生が
見せてくれた『デカローグ』という海外ドラマ(?)で言っていました。
科学も形を変えた信仰に程近いものだと思うし。
天動説も進化論も都合の良い部分を脚色して、支配の道具として利用
されてきた面もあるしね。

『砂男』に登場するスパランツァーニはイタリアに実在した科学者の
名前をとったようなので、やっぱり科学とは切り離せない。
作中に出てきた自動人形や錬金術は当時の科学の先端技術だったのかもしれませんな。
ゲーテについてはよくわかりませんが、ノヴァーリスは科学と文学の
融合、結晶だと「勝手に」思っていますよって。

DVDは……Y氏はDVDプレイヤーを勝手にイタズラしてディスクを窓の外へうっちゃったりするので、遠慮しておきます(泣)。
勝手に開閉ボタンを押して『ライアーゲーム』の最終回の録画DVDを
投げたらしく、外へサンダル履きで拾いに行った虚しさと言ったら!!
CDの類を見ると「おうた♪おうた♪」と言ってディスクケースからCD外してラジカセを稼動させろとうるさいです。とほほほ。

イーゲル | [ edit ]

2007/10/09 11:30

わたしってば、幻視を視たいし、DNAは面白いし
宇宙の理を知りたいし、魔術は現存すると思っているし
グルジェフ好きだし。
矛盾しているのですけれど。

めるつばう | [ edit ]

2007/10/09 12:57

イーゲル先生、宿題を持って参りました。
採点よろしく。

循環論法のようですが、信仰と科学は別物です。
「宗教信仰」「科学信仰」という言葉が見れない時代ではないので、両者を同一とする見方はけっして誤解ではないといえるけれど、どうも根本的に違うようだ。以下、その説明です。

まず科学は、論理的に立証するものです。同じ条件なら同じ結果が生まれる法則というのかな。要するに答えが明快。アインシュタイン以降の相対性理論が出てきたころから、それがそうでもなくなる。ちょっと自信がないので説明は止すけれど、同じ条件でも観察者AとBでは実験結果が違ってくる、ということが分かってくるわけ。このへんの現代科学のあいまいさと申しますか、すっきりしないところを、宗教っぽいね、という方がいらっしゃる。きみあなたも質は違うかもしれないけれども、このあたりを信仰みたいと感じておられるかもしれない。
でもだよ、あいまいなのだ、ということを科学は論理的に立証していますよね?

答えをいそぐとロクなことはないからいましばらく、わたくしのおしゃべりにおつきあい願いたい。

ここで信仰の話にうつるけど、信仰をおおざっぱに申してしまうと、思考の「枠組み」というのかな? 空に光を見たら昔は奇跡だよね。それが文化圏とか時代によって、光が天使だったり、なにかだったりする。つづめると、水木しげるさんが唱える妖怪千体説のようなもの。
信仰とか宗教というものは、その延長線上にあると思うのね。同じ現象でも信仰の場合、各説明が異なってしまうという差異が発生する以上、どれだけ論理的に説明してみたところでやっぱり妄想でしかない。

この両者の差異をながめると、やはり両者は異質なものと判断せざるを得ない。そして、両者がなぜちがう道を歩んだのか、ということもすこしは分かってくる気がする。

異論反論、覚悟しています。
イーゲル様、おてやわらかに……。


めるつばう 様

わたくしがお答えしてよろしいのかどうか、お気に障りましたら、このコメントを削除いたします。

文系の人は理系の話をきらうという見方が根強いのですが、文系の方のほうが実は理系の話を楽しむという説があります。(オウム事件時にある評論家が発言)。SF小説が冬の時代とされても出版自体はまだストップしていませんし、そういう層は確実にいらっしゃいます。(すくなくとも、そういう見方はできます)悪い例をあげれば、オウム真理教の理科系の信者たち。
めるつばう様に説教するつもりはありません。ただ、矛盾はしていないということ、そしてその感性はいつの時代も存在したのかもしれない、ということを申し上げたいのですね。
かのジョン・ディー博士も世界の叡智を知ろうとし、天使との交信に手を染めるわけです……。
(補足しますと、わたくしの基本的な考えは人間はいつの時代も変わらないというものです)

お読みいただけましたら、ありがとうございます。イーゲル様ともども、お体大切になさってくださいね。

ucc | [ edit ]

2007/10/09 13:00

めるつばうさん

そうですね。幻視は見たいですね。ドラッグに頼らずに見られませんか?
ネット上にある占いの類も遊び半分でやります。信じませんが。
結果が大抵「変わり者」扱いだし!ハズレテルヨー!

イーゲル | [ edit ]

2007/10/09 13:34

uccくん

偶然同じタイミングでコメントしていたのね……。
>宗教と科学は根本的に違う
先にも書いたように「神が創った世界の仕組みを解明したい」というのが
西洋科学の原点だと思うので、まるきり異なるものではないような気がします。
神が創った被造物としての世界という大前提がなければ、科学も意味を為さないというふうに解釈しています。
現代物理学の曖昧さまでは考えていませんでしたよ。曖昧だからと言って宗教めいているとは思えませんし。宗教の方が観察や実験の過程を
無くして古めかしい想像上のものを〈半ば強引〉に押し付けて、それ以外のものを拒絶したりしますし。
科学が曖昧なのは、科学の法則が現時点でそれを否定するだけの材料に乏しい仮説に過ぎなくて、より正確なものを見究めようとする姿勢そのものという感じがします。
巧く言えませんね。
だいたい、「気がする」とか「感じ」なんて言葉を選んでいる時点で、逃げの体勢だし。もっと勉強しないと。

ジョン・ディー博士が007というコードネームの元ネタというのは本当なのかな?

イーゲル | [ edit ]

2007/10/09 14:53

イーゲル様、丁寧なレスポンスをありがとうございます。

>信仰と科学は似ているのかそうでないのか
ミルチャ・エリアーデなどを参照しているのですが、まだ道遠し、です。
にしても、舌足らず、そしてピントのずれた説明で申し訳ございませんでした。わたくしの努力不足以外のなにものでもないです。
これからも地味に解明というか、読んでいきますので、成果が出たら、また書きこまさせていただきますね。

>勉強しないと
わたくしの耳にも痛いお言葉です。自分のことを言われているようでぎくりとしました。あのていどのコメントで自分でもなさけなく思います……。

>ジョン・ディーと007
え、そうなの?! 言われてみるとそんな気もする......。
こういうトリヴィアはちょっとくやしい笑。

>ネタ本をばらす
ネタ本をばらしてしまうと、いかにucc がサンプラー人間か分かってしまうので問題がありますが、おもしろい本なので。
先日、ホフマンについてえらそーにくっちゃっべりたとき念頭にあったのは、『ホフマンと乱歩』という本です。みすず書房から出ています。値段は高いのですが、これは良書。わりと学生を意識して書かれていたような記憶がありますので、読みやすかったです。

ucc | [ edit ]

2007/10/09 23:41

uccくん
まだそんなにサイエンス系の本を読んだ訳ではないのですが、科学の世界が曖昧だと言われだしたのは長い歴史の中でも、ごく最近のことのようで、それまではあの「大前提」が念頭にあったのではないかと思います。
しかし、いろんなことが解明されるにつれて、どうも調べていくほど説明しにくい部分が出てくる皮肉な結果になり、神という前提も意味を為さなくなって科学は神を必要とはしなくなっていったのかしらん、と今のところ思っています。
まだ『悪魔に仕える牧師』途中なのです。今度3章に入ります。
4章はフライングしてチラ読み。(ダグラス・アダムスへの追悼文のところ)

イーゲル | [ edit ]

2007/10/10 10:44

幻覚というものは、ドラッグの手を借りずとも比較的お気楽に見られると思います。
精神や肉体の限界境界に触れてしまえばみられます。
眠らないで、ずーっといると、見えてきたり。

わたしが感じている幻視は予兆であり、物事の真理をビジュアライズ
したものだと思います。もちろん解釈は千差万別。
幻覚は脳の機能異常で見られますが、幻視はそうではないと思うのです。
一番の特徴は幻覚はそれが醒めるととってーーもくだらないものに
なってしまうのですが、幻視は至高体験として残ることです。

>結果が大抵「変わり者」扱いだし
あら、そうだったのですか?
Y氏の今後に期待しましょう。遺伝子を継ぐものとして。

めるつばう | [ edit ]

2007/10/10 10:59

コメントいただきありがとうございます。
楽しく拝見しました。
わたしはヴァリヴァリの文系生物なのですが、ご指摘のとおり
理系のお話が大好きです。そこには文系では得られなかったさぷらいずが
あるからなのですが、”事実は小説より奇なり”のとおりだと思います。

曖昧さではおそらく、量子力学が一番曖昧というか常識破りだとおもうの
ですがいかがでしょうか?
ファインマンですら”解りにくい”と評するくらいで。
相対論的な位相、場の違いはまだ理解しやすいとおもいます。

現在の宇宙論なども、そう説明すると今の諸理論とうまくあうからって
いうところで創られていますので、大ドンデンがえし!があると
期待しています。
そこへいくと、数学は手戻りがないというフシギなものですねぇ。

感性も脳という臓器から生成されているということがわたしには二つの
解釈をもたらします。
わたしじしんは、おそらく魂を持たない機械だと感じています。
ただ、人間というものは魂を持つものだと思うのです。
それは、ゲーデルの限界を超える唯一のモノだと思っています。

めるつばう | [ edit ]

2007/10/11 23:29

幻視と幻覚は違うのですね。幻覚もあんまり無いです。
飲酒して気持ちよくなって、オブラートに包んだ表現というものが
出来なくなるというのはありますが。
>Y氏の今後に期待しましょう。遺伝子を継ぐものとして
どうかなー。こちらが「美味しい」と言わせたいので食べ物を食べた際に「美味しいね」と話しかけても頑なに「うまい」と言い返してきます。
「おいしいおいしいおいしい」「うまいうまいうまいうまーい」……くっ、増やしやがった。
変わり者だなんて、常識を知らないのだからその破り方さえ知らないワタクシが変わっている訳がないじゃないか。

イーゲル | [ edit ]

2007/10/18 20:22

めるつばう 様

ていちょうなレスポンスをありがとうございます。
返信のコメントがおくれてしまった非礼をお詫びいたします。

ぐうぜんではありますが、ただいま読んでいる本は『量子理論の限界』(産業図書)です。十全に理解しているか否かをさておきますと、めるつばう様がおっしゃるように、量子理論は科学のなかでも曖昧のようですね。(加えて、いろいろ欠点もあるようですが)
はずかしながら、ファインマンの著作は読んだことがございません。図書館にあるようですので、いずれ読んでみようと思います。
さらにはずかしながら、わたくしは生物学を多少、齧っているていどですので、めるつばう 様のご期待されている回答をできるとも思われません。まことに赤面の至りです。
さりながら、わたくしも文系の徒ではあるものの、科学をおもしろいと思うようになってきています。めるつばう様のおっしゃる「さぷらいず」をもとめている面も存在いたしますね。小声で申しますと、量子理論は論理的に分からないというところまで突き詰めてしまうところにもっとも惹かれます。

最後にイーゲル様に。
石田ショーキチのソロ出たねー。買っちゃったけど、SE よりは好きかな、ていど。air もいまは好きじゃないし、やっぱりスパイラル時代がいいなー。
いまさらながら、あのふたりのハーモニーがいいんだ! と力説してしまう、わたくし。というわけで、スパイラル1st はマスト。

ついでに書いておきますが、見えないものを見えるものにする、それがすなわち西洋の近代=合理というものであると仮定するならば(たとえば、精緻な解剖図を想起せよ)、信仰と科学のたどった道の違いが見えてくる気がしているんだけど、ちょっとまとまんないね。
啓蒙というあちらの語が「光」を意味するものでもあるなんて、なかなかおもしろいとは思わない? 

ucc | [ edit ]

2007/10/18 22:51

uccくん
啓蒙は確かenlightmentで「光を入れる」が元の意味だったと思います。世界史でO先生が言っていました。
森を切り開いて光が当たるようにすることと無知蒙昧な徒に理性という光を与えることとが同一視された時代だったようです。
私の下手な説明よりも『やさしいドイツ語のうた』の『魔王』の解説を読んでくれた方が理解し易いと思います。

ショーキチ師匠がソロを!知らなんだ!SEより好きですか。
う~ん。

イーゲル | [ edit ]









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