イーゲルヒュッテ
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イーゲル

  • Author:イーゲル
  • 699円。タイ生まれ。
    瞳は少年、ところによりおっさん。
    すっとこどっこいな文章und日常の切り売り。
    魚の皮、海老の尻尾を好んで食べます。
    リンクはフリーにござい。

    よく出てくる人たち(一部人外)
    相方(夫)、Y氏undH氏(息子)、不踊木偶〈オドラデク〉(不可視舞弄具ペット)。
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2005/07/18//Mon.
アイスの守人

暑さに完敗。ノンカフェインのドクダミ茶の世話になりっ放し。
梅雨明け宣言が出されると否応なしに暑さの袋小路へ追い込まれ
たような気持ちになる。
厚めの本を読むのが億劫になり岩波文庫『地獄の季節』を
パラパラと読む。
薄さを求めて読み出した筈が、ブクブクと水没する羽目に。
何度も読み返しては発見のある一冊。

「冬が慰安の季節なら、俺には冬がこわいのだ。」
(『別れ』50頁10行目)
生命活動が活発でない冬は〈戦争状態〉が常である生き物に
とって束の間の安らぎの季節である。
生殺与奪の自然界においては〈平和〉などまやかしで、
〈安らぎの季節=死〉、に直結している。
生命力が感じられない冬は、平和でこそあるが自然状態〈戦争〉を
逸した不毛な季節。これを読んで思い浮かんだのは、
T・S・エリオットの『死人の埋葬』だった。
「四月は残酷極まる月だ リラの花を死んだ土から生み出し
追憶に欲情をかきまぜたり 鈍重な草根をふるい起こすのだ。
冬は人を温かくかくまってくれた。
地面を雪で忘却の中に被い 
ひからびた球根で短い生命を養い。」
不穏な季節の訪れと安らぎの季節の終焉、死と再生の暗示が
うたわれている。
『死人の埋葬』が収められた詩集『荒地』、この題名は翻訳者
西脇順三郎の註解に拠れば、アーサー王物語の中に出ている
一つの話の中に剣の祟りで某国の国に悪疫が起こって農作物は実らず、魚もいなくなり、不毛の地と化した挿話に基づくものであるという。
「エリオット氏のこの詩に対する精神的な象徴は第一次大戦後の
ヨーロッパの世界にキリスト教的道徳が衰微したことを暗示し、
なお正しいキリスト教社会の改革を祈ることである。」
(60頁9~11行目『荒地』西脇順三郎訳 創元社)
第一次大戦は大量殺戮時代の幕開け。兵士だけでなく一般市民も
容赦無く標的にされた全面戦争だった。
その衝撃を表したのがこの箇所だと思う。
「空虚の都市
冬の夜明け、鳶色の霧の中を
ロンドン・ブリッヂの橋の上を群衆が
流れたのだ、あの沢山の人が、
死があれほど沢山の人を破滅させたとは思わなかった。」
(8頁9行目~9頁1行目『死人の葬列』)
ロンドン橋というとあの陽気な童謡が思い浮かぶ。
ロンドン橋落ちた、落ちた――陽気なメロディさながらに橋の上に
殺到した行き場の無い人々がポトポトと落ちていくイメージ。
悲愴さの伴わない幾多の死人。
作者はダンテ『神曲』の地獄篇のイメージと現実のロンドンの様子、
朝サラリーマンが群集をなして都心に向かって流れ込む風景とを
重ね、「現在の人間と過去の出来事を連結して詩的境地をつくろうと
した」懐のフカい深い所らしい。

ある『王子』が、かえりみれば、ただただ何の奇もない
贅沢三昧に、日を暮して来た事を思ってむかむかした。(中略)
破壊の裡に酔うことが出来るのか、残虐によって青春を
取戻す事が出来るのか。誰一人文句を言うものもない、
誰一人同意を称えるものもないのだ。

(『小話』61頁1行目~12行目)
『小話』に登場する「王子」はドストエフスキー『悪霊』の
ニコライ・スタヴローギンと酷似している。
『悪霊』の中で政府転覆を志し、革命を為そうと暗躍する
秘密結社の首領ピョートルがスタヴローギンを伝説上の人物
イワン王子に祭り上げるシーンがあった。
虚無と悪徳の中でしか生きられない彼。
彼のした行為、町のお偉いさんに狼藉を働く、精神薄弱気味な
女性と面白半分に結婚する等は覚えているが、肝心な彼の性格が
分からない。行為を見る限りあまりまともだとは思えないが、
常に冷めた氷のような精神状態。
血が通うのは禁忌を犯して、自分を責め苛むときだけ。

色々考えて余計暑くなってしまった。

『幸福』の訳は中原中也のものがませた悪ガキっぽさが出ていて
一番好き。

『幸福』
季節(とき)が流れる、城塞(おしろ)が見える、
無疵な魂(もの)など何処にあらう?
(海外詩文庫12 『ランボー詩集』鈴村和也訳編) 
こんなモノ読んだら、感嘆形で訳している他の訳が気恥ずかしく
なってきちゃう。痺れる。
地獄の季節
ランボー詩集

読書 | trackback(0) | comment(2) |

comment

2005/07/20 01:11

 こんばんは!
 『地獄の季節』の小林訳ですか…!
 めっちゃ男臭いでしょう(笑) そこが醍醐味のような気もするんですけれど。
 「別れ」の章は、どこかきらきらと輝いている印象が強くて、『地獄~』の中でも最後の数章は本当に天国が近づいてきているようですよね。
 「小話」は『イリュミナシオン」の「Conte」のことかしら。王子と精霊が出てくるやつですよね? このモデルって、あのサルダナパラス王だということらしいです。私も大好きな一節です。
 中原中也の「O saison! O Chateau!」の訳は、私も初めて見たときから、大好きな訳なんですが、以前なんかの本を読んでいたときに、あれは小林のほうが先に「季節(とき)が流れる、城塞(おしろ)が見える」と訳したんだそうです。ところが、出版する段になって、中也が先にこう訳してしまったので、小林は別の訳を考えなくてはならなかったとか…。私も中也が大好きなので、こんなふうに書いたのは小林が先ってのがショックだったんですが、でも中也だから素適に見えてしまうのかも。(小林先生ごめんなさい。)
 それにしても、中也にしても小林にしても、彼らの日本語訳を読むたびに、本当に頭がさがってしまいます…。

Shallot B. | [ edit ]

2005/07/20 08:04

二人は女優長谷川泰子を奪い合った仲だそうで、中原中也が
先に同棲生活をしていたのを小林秀雄が横取りしたようです。
『幸福』のあの訳はその仕返し、なんてことありませんよね。
あったら面白いんですが。
フランス語は分からないんです。『夜鳥』の原題名
『LES OISEAUX DE NUIT』を読むためにチラッと勉強。
当初「ら・わぞー・ど・にゅい」と読んでいました。
勿論間違いで「ロワゾー・ド・ニュイ」と読むことを知ったのは
一週間後……。
話せなくても読めるようにはなりたいです。

『東京紅団』という面白そうなHPを見つけました。
東京の文学名所案内+作家、詩人のエピソードが載っています。




イーゲル | [ edit ]









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